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おばあちゃんの「魔法の言葉」(2)
作家の藤原ていさんが、「子育てで大切なことは挫折感を教えること」と講演で話されたことがあります。
人間は挫折をすることで、
1) なぜ、失敗をしたのか?
2) どうすれば、起きてしまった失敗を成功に導くことができるのか?
3) 二度と同じことを繰り返さないために、何を注意しなければならないのか? などを学びます。
まさに失敗をすることにより、生きていく智慧を学び、苦難に負けない強さを身につけ、自立へと繋がるのです。
私は母の「頑張ってごらん」という言葉に背中を押されて、一歩一歩前に進むことができました。この母の偉大さは、子育てを終えた今だからこそ理解出来るようになったのですが、実は子どもの前途多難な人生を、じっと見守ることは大変しんどいいことなのです。成功への道筋を作ってあげれば、より安全でいい結果を生み出すことは容易いなことです。反対に我が子が悩み苦しむ姿を黙って見守り、一人で立ち上がるまでじっと待つことは、大変難しいことなのだと思います。
「何事もおそれずに勇気を持って挑戦してみなさい」、そう言ってくれた母に、心から感謝しています。「自分で決めたことは、最後までやりとおす」というクセを、私は自然に身に付けていきました。
人間は挫折をすることで、
1) なぜ、失敗をしたのか?
2) どうすれば、起きてしまった失敗を成功に導くことができるのか?
3) 二度と同じことを繰り返さないために、何を注意しなければならないのか? などを学びます。
まさに失敗をすることにより、生きていく智慧を学び、苦難に負けない強さを身につけ、自立へと繋がるのです。
私は母の「頑張ってごらん」という言葉に背中を押されて、一歩一歩前に進むことができました。この母の偉大さは、子育てを終えた今だからこそ理解出来るようになったのですが、実は子どもの前途多難な人生を、じっと見守ることは大変しんどいいことなのです。成功への道筋を作ってあげれば、より安全でいい結果を生み出すことは容易いなことです。反対に我が子が悩み苦しむ姿を黙って見守り、一人で立ち上がるまでじっと待つことは、大変難しいことなのだと思います。
「何事もおそれずに勇気を持って挑戦してみなさい」、そう言ってくれた母に、心から感謝しています。「自分で決めたことは、最後までやりとおす」というクセを、私は自然に身に付けていきました。
2012年01月18日 Posted by たまのばあちゃん at 01:35 │Comments(0) │魔法の言葉
おばあちゃんの「魔法の言葉」
私の母は明治44生まれ,生きていれば今年101歳です。すでに77歳の時に亡くなりましたが、母の声も顔も鮮明に覚えています。
私の母は幼い頃に高熱が原因となり、聴覚に障がいを持っていました。それでも8人の子どもを生み、育てながら、貧しさにも負けず、決して自分を卑下することなく、堂々と生きてきた気丈な人でした。
私の小学校入学式、授業参観など、学校の行事には、母は一度も出席することはありませんでした。入学式では、振り返ると13才年上の姉が母親代わりに来ていました。当時の入学式の集合写真を見ると、ひときわ若い「母親」が立っています。それでも不思議と寂しさはなく、応援してくれる母の暖かい思いが、いつも心に響いていました。
母との会話は、私が単語を話す口元をみて理解するというものでしたが、私はごく自然に、自分の行動は自分で決めて、母には「報告する」という習慣が身に付いていました。母はそんな私を黙って見守ってくれました。進学、就職、結婚等、大事なことを相談するときも、私の顔をじっと見ていて、「わかった。頑張ってごらん!」と、心から声援を送ってくれたのです。決して「止めたほうがいい」、「ダメ」と言われた記憶がありません。
その「頑張ってごらん」という母の言葉は、私に勇気と自信をくれました。「きっとできる!」という確信のような勇気です。そしてその努力が実れば、次への新しい希望へと繋がりました。
母の応援は、我が子を信じて止まない大きな愛情の現れであり、私が自立するための「魔法の言葉」でした。
私の母は幼い頃に高熱が原因となり、聴覚に障がいを持っていました。それでも8人の子どもを生み、育てながら、貧しさにも負けず、決して自分を卑下することなく、堂々と生きてきた気丈な人でした。
私の小学校入学式、授業参観など、学校の行事には、母は一度も出席することはありませんでした。入学式では、振り返ると13才年上の姉が母親代わりに来ていました。当時の入学式の集合写真を見ると、ひときわ若い「母親」が立っています。それでも不思議と寂しさはなく、応援してくれる母の暖かい思いが、いつも心に響いていました。
母との会話は、私が単語を話す口元をみて理解するというものでしたが、私はごく自然に、自分の行動は自分で決めて、母には「報告する」という習慣が身に付いていました。母はそんな私を黙って見守ってくれました。進学、就職、結婚等、大事なことを相談するときも、私の顔をじっと見ていて、「わかった。頑張ってごらん!」と、心から声援を送ってくれたのです。決して「止めたほうがいい」、「ダメ」と言われた記憶がありません。
その「頑張ってごらん」という母の言葉は、私に勇気と自信をくれました。「きっとできる!」という確信のような勇気です。そしてその努力が実れば、次への新しい希望へと繋がりました。
母の応援は、我が子を信じて止まない大きな愛情の現れであり、私が自立するための「魔法の言葉」でした。
タグ :ひーばあちゃんの言葉