たまりば

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始めの一歩は、ひとりから。(3)ー生涯の恩人ー

 タウン紙の発行を続けるために、夫を担保にした悪妻の私。いったいどれくらいの借金を作ったかというと、創刊して3年の間に未払金が200万円を超えていました。勤務先が妻の借金先となり、夫は複雑な心境だったに違いありません。が、その大きなプレッシャーを営業活動にかけ、いつも売上は上位を走っていたようでした。
 夫がその会社に就職したのは昭和60年6月。前年の夏に大病を患い都内までの通勤を断念し、町田市にある印刷会社に応募し採用されました。それまで出版社や印刷関連会社に勤務し、その経験を生かせる願ってもない職場でした。そして、奇しくもその3カ月後に私がタウン紙を創刊することになり、印刷を依頼することになったのです。
 未払金が次第に膨らみ、「もう止めた方がいい」という夫の言葉に、タウン紙の発行を断念しかけた時、私の背中を力強く押して下さったのは社長のKさんでした。私たちはその信頼に応えようと、一躍発心したのはいうまでもありません。その後も長期にわたって公私ともに大変お世話になりました。Kさんは私たちのかけがえのない恩人です。

 創刊2年目の9月、責任ある仕事をするために有限会社として法人化を決意、自宅のキッチンを出て、多摩センター駅前のアパートに事務所を構えました。4畳半1間、リサイクルで購入した事務机に1本の電話を引いただけの小さな編集部でした。
 20数年前の多摩ニュータウンは開発途上にあり、商業施設も少なく、広告取りに歩く営業先を探すことすら困難でした。また、営業経験のない編集あがりの一主婦がどうがんばっても、広告で紙面を埋めることができず、創刊3年を過ぎても印刷費を返済するまでにいきません。それでも発行を止めなかったのは、読者の反応が大きく、タウン紙の役割の大きさを実感していたからです。
 現状は厳しいものの、10万世帯人口30万人を目標に街作りが進む多摩ニュータウンは、活気に満ち溢れていました。新しい街に移り住んだ「新住民」の間では市民活動が盛んになり、公民館活動からさまざまな市民サークルが誕生し、取材対象は大きく広がっていきました。限りない可能性と未来性をもった街で、経営は苦しくても、”読者が主役”をコンセプトにした「もしもししんぶん」は少しづつ成長し、人々に認知されるようになっていきました。

 創刊4年目を迎えた頃、野原が目立っていた多摩ニュータウン通りには次第に店舗が立ち並ぶようになり、飛び込み営業は悪戦苦闘しながらもクライアントが増え始めていきました。少しずつですが未払金の支払いも可能になり、返済期間は約5年間、創刊10年目迎えるまでの月日を要しました。
 完済までの長い間、何も言わずに待っていて下さったK社長への感謝は計り知れません。タウン紙の発行は印刷会社との信頼関係が不可欠です。その信頼と期待にを大切に、毎月の印刷費は、必ず持参することを心がけてきました。K社長への御礼を込めて。
 



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    2011年08月07日 Posted byたまのばあちゃん at 22:51 │Comments(3)現役ばあちゃん奮戦記

    この記事へのコメント
    多摩のおばあちゃんのブログ、連続して読み始めました。とても読み応え有ります。
    ただ、若者に共感を得るには、昔のことを伝えるのは両刃の剣でもあります。これからの人に経験を既得権として伝えることになりかねません。
    年寄りは「これからのために」を心して表現したい、と言うのが私の信条です。
    Posted by すこや at 2011年08月08日 13:40
    すこや様
    アドバイスありがとうございます。
    ”年寄りは「これからのために」を心して表現する”…大切なことですね。
    今回は自分を振り返るために書き始めたのですが、「孫たちへ」のタイトルにはふさわしいか、迷いがありました。
    アドバイスをいただいて良かったです。
    ありがとうございました。
    Posted by たまのばあちゃんたまのばあちゃん at 2011年08月08日 16:41
    「こんな苦労を超えて、成功した」となりがちですが、若者には学びにくいと思います。「こういう苦い失敗があったよ、きをつけないと」であると「そうしよう」となるのでは。しっぱいのはなしをしましょう、というととても喜ばれます。
    Posted by すこや at 2011年08月09日 05:28
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